貧困家庭の実態

増え続けている貧困家庭。仕方なく貧乏やっているのです。

貧困家庭の大家族は破綻する

   

若くして子持ちの女性と結婚した青年。
彼は大家族を作り上げましたが、最後まで責任を果たす
ことはできませんでした。

大家族の苦悩とその結末

24歳のときに5歳年上の女性と結婚しました。
相手はバツイチで6歳と4歳の2人の子を持つ
シングルマザーでした。

彼女は同じレストランで働く先輩で、美人で優しく
憧れの女性だったので、猛アタックの末付き合い始めました。

付き合いってから半年で私はプロポーズしました。

「お前と子供2人は俺が面倒みる。
だから俺に付いてきてくれ。」

これがプロポーズの言葉です。

子を作るということを経験せず父親になったので、
最初は戸惑いもありましたが、二人の子供は良い子で可愛いと
心から感じていました。

そして、一家の大黒柱として毎日の労働にも力が入りました。
私も妻も洋食専門のシェフなのですが、
私は今まで通りフルタイムで働き、妻は専業主婦になりました。
今思えば、妻と子供のために頑張る自分に酔っていたのかも
しれません。

結婚の翌年、私と妻との間に子供が生まれました。
さらに1年後にはもう1人。
そしてその2年後には3人目の子供が誕生しました。
妻の連れ子を合わせて5人。
我が家は7人家族になりました。

まさに大家族です。
5人の子供を育てることは大変だと分かっていましたが、
家族が私に力を与えてくれるから大丈夫だと思っていました。

しかし現実はそう甘くはなかったのです。

一流企業の社員ならいざ知らず、小規模レストランのシェフの
給料では、普通の暮らしすらできない状況でした。

子供に必要なのは食費だけではありません。
衣服費や学費もかかるし、玩具やゲームだって
買わないわけにはいきません。

私は趣味の釣りにも全く行けなくなりました。
最初はそれでも良かったのです。子供に幸せを与えることが、
自分の力になると思ってましたから。

しかし、遊べないイラつきがあり、いつしか妻とケンカばかり
するようになりました。

そして、31歳のとき私たちは離婚しました。
年々消耗し荒れていく私を見て、もう一緒にはやっていけないと
思われたのです。

5人の子供たちは妻が引き取りました。
私は一人ぼっちになりました。

その寂しさもあって働ける精神状態ではなくなりました。
ようやく子供を養育することから解放されたのに、
無職になったのです。

私は1人になっても貧困なのです。

ただ妻はもっと大変かもしれません。
ただでさえ貧困家庭だったのに、再びシングルマザーとして
子供たちを養っていかないといけません。

子供たちには本当に申し訳ないと思っています。
でも、もう再び妻と一緒になることはありません。

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