貧困家庭の実態

増え続けている貧困家庭。仕方なく貧乏やっているのです。

団地住まいの貧困家庭で育った女性

      2016/07/29

古い団地で育った20歳の女性。
彼女は貧困家庭で育ったゆえに暗い性格になりました。
大人になっても貧困の連鎖が待っています。

団地に存在する貧困の連鎖

2DKの団地で育ちました。
昭和の高度成長期にニュータウンとして建てられた団地で、
当時は新婚世帯の憧れだった住まいです。

しかし平成になり建物の老朽化も進み、たたき売り状態の
物件となりました。
うちは平成4年に4階建ての団地の4階に引っ越してきました。
私が5歳の頃です。

母親に聞いたところによると、500万円の物件を
30年ローンで購入したそうです。

引っ越してきたときは、私は保育園児だったし、
近所の子供たちは皆同じような生活レベルの家庭の子
だったので、我が家の暮らしが当たり前だと思っていました。

小学生になり、他の地区から来る子供たちと接して、
家庭には格差がある事を知りました。
分譲タワーマンションに住む子、一戸建ての家に住む子も
いましたが、うちはエレベーターもないボロい団地です。

初めてうちが貧乏だと思ったのは、小学4年のときです。
クラスの子の誕生日会で友達宅に遊びに行ったとき、
とても広くてキレイな家だったのでビックリしました。

そして、プレゼントを渡すとき、とても恥ずかしい
思いをしました。

流行りのキャラクターグッズ、可愛い貯金箱、縫いぐるみ、
綺麗なオルゴール、皆素晴らしいプレゼントを
持ってきていました。
そして私は、母からもらった100円で駄菓子を
買って行ったのです。

「これだけでごめんね。」

私がそう言って渡すと、誕生日の子のお母さんが、

「値段じゃないのよ。気持ちが嬉しいのよ。
ありがとうね。」

と言ってくれました。

その言葉で救われた反面、とても悲しくなり、
その場で泣き出してしまいました。

さらに友達たちは可愛いワンピースを着ていたのに、
私だけが可愛くもない古着を着ていたことにも
気が付きました。

家に帰り悲しかったことを母に言うと、

「うちはうち、よそはよそ」

というのです。

確かにその通りかもしれませんが、その時は見捨てられた
思いがしました。

中学生になると、貧乏だと知られるのが嫌で、
制服以外の服をほとんど着ませんでした。
夏にはクラスの子にプールに誘われるのですが、
水着に差が出てしまうため、一度も行ったことがありません。

私は暗い性格のまま大人になりました。
高校卒業後、事務の仕事をしていますが、
給料は手取りで13万円ほどしかありません。

根暗で頭も悪く、顔もスタイルも良くない私は、
人生の最後まで貧困なのだと思います。

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