貧困家庭の実態

増え続けている貧困家庭。仕方なく貧乏やっているのです。

貧困家庭での経験が大人になって生きている

      2016/07/16

小学生の頃に貧困家庭で育った少年は、
紆余曲折あり裕福な生活を獲得しました。
しかし豊かな今でも、貧しいときの経験が
活かされているようです。

貧困家庭で生活がメリットとなっている私

小学生の頃、我が家は貧困家庭でした。
家族は両親と2歳年上の姉の4人です。

父は地方公務員で、安定した給料をもらっていましたが、
母の話によると、自分の好きなものを惜しげもなく買って
しまうようで、貯金はほとんどなかったそうです。

それでも、ごく普通の暮らしをしていたのですが、
小学1年のとき、突然父が家を出ていきました。
父が勤務先で女性と不倫をして、それが母の知るところ
となり、追い出されたのです。

父は仕事を辞めることとなり、私たち家族は住んでいた
公務員宿舎を出ることなりました。

父は行方がわからなくなり、母と姉と私は2DKの
ボロアパートに引っ越しました。

アパートでの暮らしは最悪でした。
今まであったおやつはないし、
おもちゃも買ってもらえない。
そればかりか、学用品も満足に買ってもらえませんでした。

母は大学卒業と同時に父と結婚しており、
社会で働いたことがなく、母子家庭になってから
初めて働き始めました。

そんな母が満足に稼げるわけもなく、
我が家の生活はどん底でした。

小学3年のとき、父が久しぶりに顔をだしました。
そして、また一緒に生活しようと言うのです。

私はてっきり両親は離婚したと思っていました。
ところが離婚はしておらず、長い話し合いの末、
母が父を許したということでした。

それから間もなく、両親は住み込みで働き始めました。
そこは建設会社のビルで、私たち家族の住まいは、
ビルの1階にある管理人室でした。

母の仕事は主にビルの清掃。父は警備や管理業務を
していました。

父は戻ってきましたが、貧困生活に変わりはなく、
お菓子ひとつまともに買ってもえらませんでした。

住居環境も最悪で、トイレは社員と共用だし、
お風呂ありませんでした。

そんな暮らしが慣れてきた頃、
父方の祖父が亡くなりました。
それは私が中学2年生の頃です。

父と祖父は仲が良くなかったので、
私と姉は1度も祖父の家に行ったことが
ありませんでしたが、かなりの資産家だったようです。

祖父の財産は一人息子だった父に譲られました。

相続税を差し引いても数億円というお金が
舞い込んできたそうです。

それからは、ビルの管理人室での暮らしを止め、
一軒家を購入して、ようやく普通の暮らしが
できるようになりました。

ただ、私たち家族は何年も貧しい生活をしていたせいか、
お金が入っても、普通の暮らししかできませんでした。

学用品やお菓子は買ってもらえるようになりましたが、
特別贅沢なものが欲しいとは思わなかったのです。

私は現在30歳となり、妻も子供もいます。
年収は1000万円ほどあり、ゆとりのある生活を
送ることができます。

しかし、家は一般的な建売りだし、
車は低価格帯のファミリーカーです。
趣味はテレビゲームくらいなので、
あまりお金がかかりません。

贅沢をしないと決めているわけではなく、
したいと思わないのです。
お金を一気に使い、また貧しい生活に戻ってしまう
という恐怖があるからです。

小学時代の苦しい生活があったからこそ、
浪費しない性格に育つことができました。
あの経験は良かったのだと思います。

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