貧困家庭の実態

増え続けている貧困家庭。仕方なく貧乏やっているのです。

貧困家庭ならではの楽しみ

      2016/07/15

子供の頃に貧困家庭で育った末っ子の女の子は、
寂しい思いをしていました。
しかし、ある青虫との出会いが彼女に幸せを
もたらしてくれました。

貧困家庭で育った私を救った青虫

小学2年のときまで、両親、兄、姉の5人家族でした。
5人で暮らしていたときから、外で働くのは母んお役目でした。
父が働きにいったのを見たことがありません。
私は小さい頃から、女が外で働き、男が家にいるものだと
思っていました。

小学2年の夏休み、両親が離婚しました。
母が父に愛想を尽かしたようです。
母は私たち兄妹連れて家を出ました。

4人家族になりましたが、生活はあまり変わらず、
母が働きに出て、日中は子供たちだけで過ごしていました。

母が休みの日は、近くの土手に食べられる草を
摘みに出かけました。
セリやヨモギ、カラスノエンドウ、たくさんの雑草が
食べれることを学びました。
セリはお浸しや味噌汁に、ヨモギやカラスノエンドウは天ぷらに、
たくさんの雑草が貧しい私たち家族の糧となってくれました。

引っ越した家の一角には小さな花壇があり、
私は母と二人で家庭菜園を始めました。
キャベツ、イチゴ、キュウリ、トマト、いろいろなものに
挑戦しました。

栽培スキルが上がり、小学5年生になるころには
野菜や果物は買わなくてもよいくらいになりました。

作物の成長を見るのは楽しかったのですが、
兄と姉が高校生、中学生だったので、
家に帰ってもひとりで、寂しかったのを覚えています。

そんなとき、キャベツの葉を這っていた1匹の青虫に
出会いました。

青虫にキャベツの葉をあげると、シャクシャクシャクと
いう音たてて食べ始めました。

キャベツの葉1枚で満足な食事になるなら、
私も青虫になりたいなんて考えていました。

虫が嫌いな姉は、「そんなの早く捨てて」と言いましたが、
私は聞く耳をもたず、育てていました。

やがて青虫は姿を変え、蛹となり、
そして綺麗なモンシロチョウに姿を変えました。

しばらく育てていたので、愛着がありましたが、
モンシロチョウはやはり自然を飛び回るのが一番です。
家庭菜園の場所で放つと、蝶には私の頭上を一度回って、飛び立って行きました。
まるで、ありがとう、と言っているようでした。

青虫が貧困家庭に一筋の光を灯してくれたようでした。

現在、私は虫を研究する仕事についており、
幸せに暮らしています。
あの青虫のおかげです。

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