貧困家庭の実態

増え続けている貧困家庭。仕方なく貧乏やっているのです。

「貧困家庭」から脱却するために

      2016/07/12

30歳独身の看護師の女性の話です。
彼女は貧困家庭で育ち、その呪縛から抜け出したと
思っているようですが、実は抜け出してはいないのです。

貧困家庭から抜け出すために看護師になった女

私が看護師になりたいと思ったのは、
母のような生き方をしたくはないと考えたからです。

我が家は父親が定職に就かず、母もほとんど働かないため、
物心ついたときから貧困家庭でした。
家族は両親と姉と私、4人家族です。

高校時代に友達と「一人暮らしをするならどこがいいか」
という話をしていたときのことです。
友達はこのように言いました。

「家賃は安いほうがいいね。
でも、あそこのボロアパートは無理かな。」

実はその家は私の家でした。
家がボロすぎて誰にも言えなかったため、
その家が私の家であることを友達は知りませんでした。

父親は定職に就いてはいませんでしたが、
短期アルバイトや、期間限定の契約社員をやっていました。

一番収入が良かったのは、ある地方都市にある
自動車メーカーの工場で働いたときです。
そこは単身者用の住居も用意してくれ、
生活用品や出勤日の食事も提供してくれる職場でした。

父親は単身で働きに行き、半年間勤めてきました。

そのとき仕送りしてくれた、月に18万円の生活費は、
我が家にとっては高所得でした。

あまり働かない父となぜ離婚しないのか、
母に聞いたことがあります。
すると母はこう言いました。

「お父さんと別れたら、お母さん働けないから
生きていけなくなる。」

母は特に身体が悪い訳ではありません。
単に働きたくないだけです。
手に職もないから仕事も出来ないと思い込んでいるのです。

高校2年生のとき、私は看護師になりたいと思いました。
理由は、手に職を付けるて働かないと母と同じような女になる
と思ったからです。

配偶者の稼ぎを当てにしない生き方こそが
この貧困家庭から脱出する方法だと思いました。

自らアルバイトをして学費を稼ぎ、専門学校に行き、
苦学して看護師になりました。
今は収入もそこそこあります。

姉は結婚して自立しましたが、旦那さんがあまり
働いてくれないと言っています。
母の二の舞になっているようです。

今、母親は父親ではなく、私にお金を要求してきます。
うちの貧困の原因は父親だと思っていましたが、
母親にも原因があると思いました。

社会にでたばかりの頃は、そんな母親の姿を見ると、
イライラしていましたが、
30歳になった今では
「そんな生き方しかできない可哀そうな人」
と思えるようになりました。

数年前から実家に戻り、両親と一緒に住んでいます。
父も母も相変わらずほとんど働きませんので、
私が世帯を支えています。

このままでは私の人生が狂ってしまいそうですが、
両親を見放すことができません。
今後ますます高齢になる両親を支えることができるのは
私だけだからです。

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